スケジューリングとタスク中心の活動をしていると、「やりたい事」「しなきゃいけない事」が中心となり、その容量もどんどん増えてくる。そうなると、いかに上手に管理しようとも破綻するリスクは大きくなってくる。去年の末は、それで足元をすくわれた。
そこで、緊急対策として活動の総量を減らし、タスクが生まれる総数を減らしていく策をとった。そうすることで余裕を生み出し、心に安定と休息をもたらすためだ。緊急で取ったその策はすぐに効果を発揮し始め、次第に色んな事に目を向ける余裕が生まれてきた。
こうなる事は、運命だったのかもしれない。
やりたい事を、去年は一気にやってしまった気がしている。今もそれは継続中だが、これが今の「大きな山」であり、既にやり切った感がしている(苦笑。色んな役をやらせていただき、大きな企画も色々と参画させて頂いた。こうした経験が、一生に一度あれば良いと思っていた。今年一年でそれも終わる。きっと、去年はその大きな山だったのだろう。後悔はしていない。
さて、問題は何かというと、タスク量をうまく調節しながら、自分を見失わずに生活や本業、それ以外の活動を両立させていけるかだ。
とりあえず、今月の理事会で活動の減量を承認してもらい、自分が望む枠の中で活動をしてみようと思う。会の活動は、量が極めて多く、本業を脅かしかねない程のものだった。これではどっちが本業か分からないと思う程だった。
今年の3月から効果を発揮し始めるだろう。しかし、本業のボリュームが大きくなってくるだろうから、体感的に余裕が生まれるかどうかは分からないけれども。
2020年1月3日金曜日
スケジューリングの方針と方向性について。
昨年の正月、スケジューリングについて、方針と方向性をまとめた。
それまでは、ノートにその日の活動内容を簡単なメモ程度に記載していくだけであったが、それがやがて「手帳の様な使い方」に発展していき、以前の職場で手帳を使う教育を受けていた記憶にたどり着いた結果、以下の事を思いついたものであった。
それまでは、ノートにその日の活動内容を簡単なメモ程度に記載していくだけであったが、それがやがて「手帳の様な使い方」に発展していき、以前の職場で手帳を使う教育を受けていた記憶にたどり着いた結果、以下の事を思いついたものであった。
- 基本的に「紙媒体の手帳」を使ってスケジューリングする。あらゆる情報をこの手帳に書き込んで、情報を集約する。
- 毎日の活動予定を詳細に記すノート(紙媒体)を準備し、(手帳と連結させながら、)仕事時など毎日書き込んで使う。
- 手帳の基本情報をiPadにも入力する。iPad Proのカレンダーアプリに、毎月のシフト情報などを入力し、いつでもどこでも書き込めて確認ができる様にする。
- 企画立案時などはiPadのメモ帳を使用し、これをベースにパソコンで正式な企画書を立ち上げる。また、内容はすぐに印刷が可能だ。
- 過去に立ち上げ、終了した企画情報は削除せず、iPad内に終了箱(フォルダ)を設けて保管しておく。
こうしたことを一年間続けた結果、次の様な成果が出てきた。
- 「年間スケジュール」の基本データが詳細にできた。
今年も昨年と同じ様に活動するわけではないが、毎年、同じ時期に同じ様な活動をすることは多い。消防団や神社の氏子の活動など。それから介護福祉士会の活動や、職場の活動などだ。そのための基本情報
辞典が完成した。
- 企画の保管庫・宝箱ができた。
企画のベースになる情報がたくさん詰まっている。これはかけがえのない情報群だ。今後も形を変えて活用できる、素晴らしい情報である。
- 企画とスケジューリングのデータリンクシステムが完成した。
紙媒体から(ネットを介した)モバイル上のデータ活用に至るまで、シンプルに連携したシステムを作る事ができた。そして、何よりもそれを活用する習慣ができた。
- 日々手帳と手帳は行動の振り返りや証拠としての価値があった。
何らかの理由で過去を振り返る必要がある時、やはり手元にデータを残しておくことは必要だと思った。特に仕事上でやり取りの揉め事が起きた時に、すぐに詳細なデータを挙げて反論する事ができた。
次に、こうしたシステムの構築をしていく中で、途中追加していったものもあった。私はiPad Proを電子手帳代わりにしているが、これはもはや仕事やプライベートでも「手放せないツール」の一つだ。仕事中もメールチェックをしたり、LINEで職場の上司とやり取りするための端末でもある。このiPadと、もっと連携ができるものが欲しい…。それこそがMacBookであった。
そんなMacBook、最初は何気なく(欲しい…)と単に思って買っただけのものだった。中古中の中古品を安くで購入し、色々と使ってみていた。おもちゃの様な存在であったが、MacBook Airを購入するに至るまでのテストベッドとして、よく働いてくれた。
何より、MacBookは携帯用のツールとしては抜群の携帯性を持っているため、外出先でも(主に仕事上でだけど)十二分の働きをした。確かに、パワー不足である感は否めなかった。作業中にwordファイルをいくつか上げた状態で作業していると、しばらくしてフリーズすることはよくあった。それでもiPadとの連携は抜群であり、その不足を補うにあまりある活躍であった。
こうしてMacBookを使っているうちに操作を学んでいき、その利便性に気付く様になった。「アップル社製の端末は、連携を考えて使うと一層使いやすくなる」ということを学んだ。資料データはOneDriveで一括管理しているから良いし、それ以外のデータも連携可能。これで一応のシステム補完が出来た。
最後に、家や仕事場で使うPCとしてMacBook Airを購入した。
これは、iPad Proで起こした企画案をMacBook Airで同期させて拾い上げ、そのまま企画書に入れていくためのものだ。それと、写真データの移動も楽になる。もちろん、プレゼンや研修を行う場合も必須のアイテムだ。
さて、今年は昨年のシステムをブラッシュアップする年。これをさらに続ける事で、もっと効率的な仕組みが出来るんじゃないかと期待している。また、過去のデータの活用も検討していく。この月、この日に何をやったのか。それを振り返る事ができるのは素晴らしい事だ。必要なことは何か。大切なことは何か。継続することだ。継続こそ力なりとはよく言ったもので、そこから必要なものが、アイデアが浮かんでくるのは実に心地が良いことだ。
2020年1月2日木曜日
書きかけのブログを全てアップした。
今まで書きかけていたブログ記事に全て手を入れて、何とか全てアップさせた。今までの振り返り作業とでも言おうか。下書きでいつまでも残っているのを見るのは心に引っかかるものがあったので、これですっきりした。夜勤明けのこの日、時間があったので取り組めた事。これもまた「遊び」の一つだと思う。
しかし、何で書きかけのままずっと残していたのかは不明ではある。いつもなら、記事は全て書き上げてアップしているのだけど、、色々と忙しかったのだろうか。この時の自分の心理には、大いに興味がある。
ブログは、自分の意見をまとめる練習にもなる。以前は盛んにブログを書いて自分の意見をまとめていたが、それをやらなくなって、何か自分に物足りなさを感じる様になったと、今振り返るとそう思う。
しかし、何で書きかけのままずっと残していたのかは不明ではある。いつもなら、記事は全て書き上げてアップしているのだけど、、色々と忙しかったのだろうか。この時の自分の心理には、大いに興味がある。
ブログは、自分の意見をまとめる練習にもなる。以前は盛んにブログを書いて自分の意見をまとめていたが、それをやらなくなって、何か自分に物足りなさを感じる様になったと、今振り返るとそう思う。
SNSの活用について。
以前に使っていたブログのサイト巡りをしてみた。
私は、いくつかのサイトでブログをしていて、今少し調べただけでも、古くは2007年からの記録が残っていた。もっと以前から書いていたブログもあったはずだが、既にサイトが閉鎖していて、もはや閲覧する事は不可能である。
このブログも既に9年目。いやはや、今読み返してみてすごいものだと感じる。一種の知的財産みたいな。何か金銭的な価値があるわけではないけれど、自分にとって、何かかけがえのない記憶的財産といったところだろうか。
今現在使っているものではTwitterやFacebook、インスタなどがあるけど、ブログはしばらく使っていなかった。Twitterは「専門職として」の呟きがメインとなっていて、その役割や使い方が固定されている感があるし、Facebookは、これを始めた当初はブログ代わりになっていた事もあり、今に至るまで一番長く続いている。
しかし、Facebookは最近になってブログの性格が薄れ、コマーシャル的な意味合いが出てきた。職場の名前や自分の名前を晒している事もあり、近況報告や公式メッセンジャー、職場の管理職としての立場でのコメントなどを掲載する様に。インスタも同様で、自由奔放に使っている訳ではない。
Twitterもブログ的な性格が薄れた結果、最近ではあまり活動していない。業界フォロワー同士の言い争いがひどく、まるで職場の中のいじめや権力争いを体現している様だ。そんな中、私はあんまり投稿しなくなっていった。
という事で、再びブログに注目した。ブログは、自由に物が書ける。その面白さが実感できるんじゃないかと。自分の立場や周囲を気にせず、思うままに何かを書きたいと。そんな欲求を満たしてくれるのは、やはりブログなのである。まあ暇があれば書いていこうと思う。
私は、いくつかのサイトでブログをしていて、今少し調べただけでも、古くは2007年からの記録が残っていた。もっと以前から書いていたブログもあったはずだが、既にサイトが閉鎖していて、もはや閲覧する事は不可能である。
このブログも既に9年目。いやはや、今読み返してみてすごいものだと感じる。一種の知的財産みたいな。何か金銭的な価値があるわけではないけれど、自分にとって、何かかけがえのない記憶的財産といったところだろうか。
今現在使っているものではTwitterやFacebook、インスタなどがあるけど、ブログはしばらく使っていなかった。Twitterは「専門職として」の呟きがメインとなっていて、その役割や使い方が固定されている感があるし、Facebookは、これを始めた当初はブログ代わりになっていた事もあり、今に至るまで一番長く続いている。
しかし、Facebookは最近になってブログの性格が薄れ、コマーシャル的な意味合いが出てきた。職場の名前や自分の名前を晒している事もあり、近況報告や公式メッセンジャー、職場の管理職としての立場でのコメントなどを掲載する様に。インスタも同様で、自由奔放に使っている訳ではない。
Twitterもブログ的な性格が薄れた結果、最近ではあまり活動していない。業界フォロワー同士の言い争いがひどく、まるで職場の中のいじめや権力争いを体現している様だ。そんな中、私はあんまり投稿しなくなっていった。
という事で、再びブログに注目した。ブログは、自由に物が書ける。その面白さが実感できるんじゃないかと。自分の立場や周囲を気にせず、思うままに何かを書きたいと。そんな欲求を満たしてくれるのは、やはりブログなのである。まあ暇があれば書いていこうと思う。
ただ今夜勤中。
今日は夜勤入り時にちょっとしたバトルがあった。
かなりのベテランを自負する割には素人くさい動きはするし、言い訳が多い。オマケに屁理屈までこね、事故報告書にまでケチをつける有様。一体何様のつもりだろうかと(苦笑。それでベテランヅラされても困る。
本当のベテランとは、経験から来る慎重さと予測できる判断力、経験年数の低い周囲に合わせられる柔軟さがあって然るべき。然るに、この方はいずれもあるのかないのか分からない。だいたい、上から目線だしね。
ルールについてもツッコミが。
「ある程度の基準とする」的なルールと、「必ず実行しなくてはならない」というルールの二つの種類がある事。これが分からないとは一体どういうことか。うーむ、年齢だろうか、それとも本当に分からないのだろうか。悩む。
高齢で経験者はこんな人材が混じっている。自分のルールを通そうとし、上から眼線で知ってるつもりの知識を披露してくれるが、自慢話にしか聞こえない。さてさて、どうしたものかな。あと少しでお別れになるが、残りの期間も大変そうだ。
かなりのベテランを自負する割には素人くさい動きはするし、言い訳が多い。オマケに屁理屈までこね、事故報告書にまでケチをつける有様。一体何様のつもりだろうかと(苦笑。それでベテランヅラされても困る。
本当のベテランとは、経験から来る慎重さと予測できる判断力、経験年数の低い周囲に合わせられる柔軟さがあって然るべき。然るに、この方はいずれもあるのかないのか分からない。だいたい、上から目線だしね。
ルールについてもツッコミが。
「ある程度の基準とする」的なルールと、「必ず実行しなくてはならない」というルールの二つの種類がある事。これが分からないとは一体どういうことか。うーむ、年齢だろうか、それとも本当に分からないのだろうか。悩む。
高齢で経験者はこんな人材が混じっている。自分のルールを通そうとし、上から眼線で知ってるつもりの知識を披露してくれるが、自慢話にしか聞こえない。さてさて、どうしたものかな。あと少しでお別れになるが、残りの期間も大変そうだ。
2020年1月1日水曜日
もうすぐ夜勤だけど…。
今日は夜勤入り。明日は夜勤明けで嫁を迎えに行き、、その前に初詣か。神社へ行って、それから嫁の実家へ行こう。明日も晴れの予報だし、出来ればどこかに行きたいのだけど、それだけの体力が残っているのかどうか。ああそうだ、車のガソリンもないから入れておかないと。
せっかくの休みだし、どこかに行きたい気がする。ドライブ。どこに行く?多分どこも多いよなあと。まあ、行くにしても、あくまで体力が残っていればの話だけどな。
せっかくの休みだし、どこかに行きたい気がする。ドライブ。どこに行く?多分どこも多いよなあと。まあ、行くにしても、あくまで体力が残っていればの話だけどな。
過ごし方の変化。
自分なりに「働き方改革」を始めて気づいたこと。
一日の余裕に変化が出てきた。意識して余裕を持つようにすると、不思議と穏やかな日が多くなるのだ。スケジュール管理をきっちりとしている訳ではないけど、やはり違う。
100文字日記をつけているからよく分かる。言葉に変化が出ている。忙しかった、多忙、という文字から穏やか、ゆっくりなどの言葉が出てくる様になっている。
きっちりとスケジュール管理をする様になって一年以上が経った。その過程での変化なのかもしれない。以前の職場では、そんな所までは教えてくれなかった。
スケジュールをいかに管理するか。一日のタスクをどれだけの量にするのか。また、どんな活動を選んで実行していくのか。こうした事は、もう少しよく考えていく必要がある。
一日の時間を有効に使う事。これは必要だが、無為に過ごす事、後で振り返って、よく分からない過ごし方だったという時間も必要だろう。一日をどうデザインするか。
やはり、今年は基本をしっかりと見直す年だろう。
何かを始める年ではない。いままでのやり方を見直し、しっかりと中心に据える年だ。その中心軸に、一日の過ごし方、働き方のあり方を見なおす事が入ってくると思う。
さて、どうしようか。
去年までのやり方で問題となった事。
一日の余裕に変化が出てきた。意識して余裕を持つようにすると、不思議と穏やかな日が多くなるのだ。スケジュール管理をきっちりとしている訳ではないけど、やはり違う。
100文字日記をつけているからよく分かる。言葉に変化が出ている。忙しかった、多忙、という文字から穏やか、ゆっくりなどの言葉が出てくる様になっている。
きっちりとスケジュール管理をする様になって一年以上が経った。その過程での変化なのかもしれない。以前の職場では、そんな所までは教えてくれなかった。
スケジュールをいかに管理するか。一日のタスクをどれだけの量にするのか。また、どんな活動を選んで実行していくのか。こうした事は、もう少しよく考えていく必要がある。
一日の時間を有効に使う事。これは必要だが、無為に過ごす事、後で振り返って、よく分からない過ごし方だったという時間も必要だろう。一日をどうデザインするか。
やはり、今年は基本をしっかりと見直す年だろう。
何かを始める年ではない。いままでのやり方を見直し、しっかりと中心に据える年だ。その中心軸に、一日の過ごし方、働き方のあり方を見なおす事が入ってくると思う。
さて、どうしようか。
去年までのやり方で問題となった事。
- 空いている時間に、必要だからとドンドン予定を組み込んで行った。
- 複数の企画や組織運営を、長期にわたり同時進行で行った。
- 同時進行のプロジェクトが進むにつれ、次第に本業を圧迫し出した。
- とにかく、「やりたい事」「仕事欲・名誉欲」を優先した。
- 家で過ごす時間、予定がどんどん少なくなっていった。
こうした事が続いていった結果、年末に差しかかるにつれて自分に余裕がなくなっていった。タスクに自分が食われていった。ここでタスクの総数を規制する方向へ舵を切ったが、今年は活動総数を減らす方向でいく。
- 活動の総数を規制し、減らす・見直しをかけていく。
- 一日の活動に余裕を持つ。約一時間の休憩時間が入る様にする。
- 本業と家の企画を優先する。会の活動は可能な限り抑える。
- 地域の活動は、来年より本格的に始める。
よし、とりあえずはこれで行こうかな。まずは始めてみて、少しずつ修正しながらやっていこう。
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