2013年3月29日金曜日

介護福祉士試験の結果

 3月28日、介護福祉士試験の合格発表が公開された。
試験の結果は96点で上々の合格。今までの勉強の成果が実った感じだ。
おかげさまで次の展開が出来るようになった。

2013年3月7日木曜日

バターン死の行進に関する文書公開

 ニュース記事で、「バターン死の行進」に関する外交文書が公開されたとの記事が上がっていた。そこには捕虜虐待行為に該当すると思われる状況の説明や、それに対する日本軍の釈明理由などが記されているようであった。太平洋戦争初期、フィリピン戦役において旧日本軍に敗北した連合軍将兵は、遠く離れた収容所まで長い道のりを歩いて行進させられたという事実がある。これについては一片の釈明もない訳であるが、しかしこの事態が虐待行為を目的として行われていたわけではないことは明白である。

戦時中、捕虜に関する協定はあったものの、これがどの国においても必ず順守されていたわけではなく、「順守されなかった」悲惨な状態があったことは、機密文書でなくともすぐにわかることだ。

スターリングラードにおいて捕虜となったドイツ軍将兵10万名ほどのうち、国へ帰れたのは約6000名ほどである。あるいは、旧日本軍の将兵においてもシベリアの抑留に関しては、多くの死亡者を出していたことは、上記の死の行進と同じことである。

記事は時事通信のようだが、これがどんな意図で記事として公開されていたのかを疑ってしまう。だいたい、日本に対して戦時中の行為を批判するような記事を書いているのは特定アジア三国の意図によるところが大きい。日本は侵略国家だというイメージ戦略がいまだに有効だと考えていること自体がすごいことだが、「竹島」や「尖閣諸島周辺の事態」について、これを当てはめようとしているのなら、遺憾ながら戦略を誤っているとしか思えない。それは情報統制された環境でのみ発揮される手段だろう。それともう一つ、安倍政権に対する批判記事に該当するのなら、これも大きな間違いであるといっておこう。今では言論の自由がリアルタイムで保障されているから、批判が殺到するような状態となれば、ニュース配信会社のクオリティを落としてしまうことにつながりかねない。

ただし、フィリピン戦において、捕虜に対する虐待その他の指示があったらしいことは判明している。大本営参謀であった辻大佐による命令がそれだが、実際には発令されることなくお蔵入りとなっている。連合軍捕虜には多数の死者が出ていることは事実だが、捕虜の待遇に関しては、日本軍内部の給与・食糧事情と、連合軍捕虜のそれとを比較しながら論じていかなければ、そもそも公平性を確保できない話だと思う。

介護福祉士合格発表まであと20日あまり

 第25回介護福祉士試験を終えたのが1月末。それから長い時間が経過しているが、合格発表までは非常に長い時間がかかっている。あと20日後、なんだか仕事や生活が手につかない…という状況が続いている。そりゃそうだろう。資格をゲットした後と前とでは大きく自分の価値が変わってしまうのだから。それは大学受験と同じ影響を持っているとさえ思う。もっとも、最近では大学の価値なんて下がりまくりだろうが。

試験直後の自己採点では、得点が96点であった。おそらく、問題がなければ受かっていることだろう。これは今の自分の心理状況にかかる負担を大きく減らしてくれている。だが、一抹の不安が残っている以上は結果が全く分からないのと同じことだ。

これから先は、更なる戦略的な考えのもとに行動することが求められる。

新しい生活のために、新しい行動を取らなくてはならないからだ。発表が待ち遠しいなあ。

Microsoft「surface」の登場について

 先日、マイクロソフトは大々的に自社のWindows8PC「」Surface」の日本での発売を開始した。しかしながら、販売ルートは限定された挙句、売り出されるのは「Pro」ではなく、「RT」のほうだった…!。しかも、昨年の初登場時から価格に変更がないようだ。これには大きな驚きを感じた。

WindowsRT機の苦戦状況を、マイクロソフトは知っているのだろうか?WindowsRT(以下RT)は搭載機種が非常に少なく、おまけに機能が限定されていると批判されているために、売り上げがいまいちである状態だ。なのに、これを押してSurface(RT)を投入するということは、よほどRTとハードスペックに自信があるのだろう。

RT機は、例えて言うならこうなるだろう。「正規師団」の中から状況に応じて戦力を抽出し、編成された臨時「戦闘旅団」を「正式な作戦単位」として制式化したようなものだと。確かに、多くの人にとっては通常の業務でマクロやAccessを使うことなんて滅多にない。そのため、おのずと頻回に使うアプリやシステムは限られてくる。その限られたニーズを抜き出して正式にスペック化し、編成されたのがRT。これは、屋外への持ち出しが頻回で、なおかつ携帯性とバッテリー持ちに優れ、コスト性や機能性に限りのある条件下で作られたPCのスペックとしては最高のものだ。しかし、これが「師団クラス」の通常Windows8PCと比較されたら、そりゃ不足が目に見えるのは間違いないことだ。RTにはこのような批判が付きまとっていることに加え、なおかつ低スペックのATOM搭載PCでもWindows8が十分に稼働するのだから、RT機の活躍は非常に限られたものになるだろう。

 こうした状況の中でSurfaceは販売が始まった。私は予想する。売り上げは大したものにはならないだろうと。

私もRT機を持っているが、それはそれとして「セカンドPC」としての役割を振った上で使っているから、なにも不十分さを感じていない。しかし、先述したとおり、多くの人にとっては力不足のスペックしか持ち合わせていない。Surfaceにはマイクロソフト社謹製(ハードはSamsung製造…)ということくらいしかポイントを見つけ出せない。これなら、昨年販売された(クラムシェルスタイルがぴったりハマっている)ASUSのPCの方が余程ましである。

ただ、謹製のRT機投入には「良いこと」だってあるはずだ。まあこれは定かではないが、RTは将来的に放棄されるリスクが残っているものの、継続してアップグレードされる可能性が残っているということだ。今年後半くらいに登場すると噂のWindows「Blue」がどうなるのか、ということだ。RTにも恩恵をもたらすような変更があればいいのだが、多分、ちょっとは何かあるのかもしれない。

ClassicShellの導入

 先日、レジストリを書き換えてWindowsストアなどを起動できるようにしていた母艦PCが「元」に戻ってしまった。画面解像度は以前と同じ低解像度(Windows8の規定以下)が上限となり、モダンUIのタイルアプリの殆どが開けなくなった。勝手にシステムの修復がかかったとしか思えなかったが、自分が何か操作でやらかしたのかもしれない。とにかく、私の夢のWindows8ライフはたったの数日間で終焉を迎えた。

モダンUIで動かせるアプリ数が激減したことで、私は考え方を変えた。こうなったら元のシステムを生かしたスタイルで運用するしかないと。そうして私はついに(ちょっと大げさだけど)ClassicShellの導入を決めた。通常、ClassicShellは、Windows8の導入に当たって、その使いにくさを以前のスタイルの様にして、使いやすくするためにインストールするものだ。私の場合は使いにくさを克服するためではなく、残された機能を少しでも有効に使いたいという気持ちと、Windows8の残骸を使っているという感覚を無くすためにカスタマイズする。

ClassicShellそのものはすぐにインストールができ、設定も簡単だった。これで以前のPCスタイルで運用できる。ただ、不要となったモダンUIは完全に消えたわけではなく、ことに応じて切り替えができるようになっていた。しかしスタート画面からの立ち上げはなくなった。

立ち上がりのスピードは若干遅くなったような気がする。これはWindows7と同様の立ち上がり時間のように感じた。まあ、実際のところはクラシェル導入前もそうだったのかもしれないが、これは良いとしよう。問題は、(かなり小さなことだったが)スタートボタンの形が汚かったこと。これには抵抗を感じたので、何とかスタートボタンの変更ができないかを確認した。あった。スタートボタンのPINGファイルをダウンロードして…あれ、どこにファイルがあるのか?全く見つからないではないか!

ということで、しばらく格闘したのち、スタートボタンの画像ファイルのみを抜きだし、ようやっと置き換えるころに成功した。うん、これはきれいになった。

母艦PC未だにOffice2010と一太郎2012ver(花子も一緒)を抱え、OSのみが最新の状態だった。仕事ではOfficeも一太郎(+花子)も使うため、おいそれとは新しい環境に移れるわけではない。安月給の中からPCの更新をしなくてはならないため、こうした問題が解決するには時間がかかりそうだ。Windows8の最新環境は、今のところWindowsRT機しかないということになる。まあこれも仕方がないことかな。

2013年3月5日火曜日

Windows8の仕様を書き換えてみた。

 私のPCは「Windows7」時のもので、しかも画面解像度はWindows8が規定するレベルに満たないネットブックだった。そのため、私のPCにWindows8をインストールすることはできたものの、モダンUI専用タイルのほとんどは開けない状態であった。

これをすべてオープンにしようと考え、ネット上にあるレジストリの書き換えを行って開けるようにしてみた。

やり方そのものは実に簡単だった。これでWindowsストアも開くことができたのだが、モダンUI専用のIEはすでに削除済みだったので、これはどうしようもなかったものの、それ以外はWindowsストアから調達することができた。こうしたことで問題がほかにあったとすれば、ネット上でも指摘が出ていた通り、画面が少し横長になり、なおかつ字が縮小して表示されてしまうことだった。でも、できることが増えたと考えれば大きな問題ではない。敢えて言うと、画面解像度をもとに戻せば以前のように元に戻るのだから。

しかし、画面が若干見づらいことは見づらいと思う。慣れたらどうってことはないんだろうけど。

Windows11

  Windows11のinsider preview版をWindows PCに入れてみた。これで2代目だが、感想としては使いやすさはあるが、真新しさは感じられないというもの。確にUIなどは刷新されているが、Windows10を簡略化したものっぽい感じだ。 おおよそ「MacOSみ...