今年に入って、退職の活動と準備を始めた。もちろん結婚の準備もだったが、一番の課題は生活資金のこと、仕事のことであった。どうしても今の職場での給与が低く、今後は生活に困るのではないかと考えていたこと、そして職場の雰囲気や方向性に疑問を持ち出していた事などが、退職を後押ししていた。
職場はパワハラの常連であったため、事前に準備をするべく退職に向けた情報を集め出した。退職に必要な手続きは何か。条件は。相手が言い出すことに対して、どう切り返せば良いか。特に、夫婦で退職をするとあってはあちらも黙ってはいない事は予想できた。そのため、労基に通って相談したが、特にアドバイスや救済サポートなどはなく、単に「辞めたら良い」の一言であった。
前年の末、一番信頼していた職員さんが辞めた。今力を持ち出している職員さんに対する嫌悪感が酷かったためだが、それは職場の方向性や経営陣の性格を象徴する物であった。もうこの職場に先はないと、私は絶望してしまった。
今年の三月までに、私は必要な情報の収集とシナリオを書いて済ませていた。職場に対する結婚の報告は、確か三月だったか。その後、四月になって退職の件を切り出したが、交渉は先読みが功を奏して、妥協しながらの了承をもらう事ができた。この時、私の退職は今年の十一月と決められた。嫁は残らねばならなかったが、それでも今後の退職に向けては希望がもてた。
今でも思い出す。パワハラ的な言動がいくつか浴びせられたが、もはやこの世と上司の世界観が全く違う物だということを、改めて実感させられたものだった。
ところが。
五月末には職場内でクーデーターが発生した。経営者に対して、それ以外の主力職員が退職を申し出たのだ。同時に、外部へ支援を頼んで調停をしてもらった。これにより、経営者は退場し、この時点で六月以降は混沌とした状況に置かれることになった。私はこれをチャンスと捉えた。複数の職員たちが退職願いを出したことを好機とみなし、私はその撤回を拒んだ。
私の読みでは、仮にクーデーターそのものが成功しても、経営者が戻ってくる、あるいはそのコントロール下に依然置かれるであろうと見ていた。実際に今でもそうなっているが、他の職員たちは、それが読めていなかったのかどうか。いや、それが分かっていながら撤回したのだろう。
こうして退職の期日はさらに短くなり、七月いっぱいまでとなった。既に、私は六月の時点で再就職先を探して内定を取っており、七月には入職が決まっていた。そのため、最後の一ヶ月間は次の職場で引き継ぎと練習をしながら退職を待っていた。ここまでやった後、私は引き継ぎを順調にこなしながら仕事をし、無事にその職場を退職した。
同じ業界とあって、情報の秘匿は完全を期した。お陰で、退職後から今の今まで職場の名前がバレていない。余計なチャチャが入るのは面倒だし、「追手」に取り付かれると、折角見つけられた職場すら在籍することさえ危うくなるからだ。
それから、訳あって嫁も順次退職に成功し、今は新天地で無事に仕事をこなしている。
2017年11月23日木曜日
2017年11月22日水曜日
来月は小規模多機能へ異動。
さて、明日は計画を練らんといかん。計画、ではないか。シフトの作成だ。初めての作成になるので、あちらの管理者のサポートが必要だ。いきなり放り出されても困るので、ここは慎重に教わっておこう。
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